ここから現在のアドバネクスの歴史が始まる。太平洋戦争を経てばねの需要が徐々に増えはじめ、はかり用のばねの販売では当時全国シェア90%にも達した。
アドバネクスの歴史
創業から現在まで、
アドバネクスの歴史を紹介します。
1930年4月
ここから現在のアドバネクスの歴史が始まる。太平洋戦争を経てばねの需要が徐々に増えはじめ、はかり用のばねの販売では当時全国シェア90%にも達した。
1946年11月
社名を「株式会社加藤スプリング製作所」と改称。当時の本社工場は東京都練馬区に建てられた。
1963年12月
1965年5月
1971年5月
1976年
国内での順調な成長と海外進出により、生産体制の増強が必要なったことから、1976年に新潟県柏崎市に柏崎工場(現 新潟工場)を竣工。
前年の1976年3月から11月までの8か月にも及ぶ大工事によって建てられたこの工場は、工場内に機械を入れてもキャッチボールができてしまうほどの広さだった。
1978年1月
1970年代
大手メーカー向けにオーディオ用テープパッドの生産を開始し、従来は手作業で対応していた工程を自動化する等、効率的な生産体制を整えた。
1988年9月
1980年代
当時業界では生産時にバレル(金属の切断面のバリを取る)とテンパー(熱処理を行なうことで元に戻ろうとする金属のクセを取り除く)の二つの工程を踏むのが常識であった。しかし、これらの工程では多くの不良品が発生してしまうため、革新的な大量生産体制を新たに整えた結果、世界シェア率50%を占めるまでの事業に成長した。
また、リーフスプリング以外にもガードパネルばね、ロックプレートばね、ブレーキばね等、複数の当社製品が組み込まれていた。
1992年
1980年代から2000年前後まで記録メディアとして広く使われてきたフロッピーディスク。
この内部にあり、磁気ディスクを保護するためにばねと連動されたシャッターという金属製部品の世界シェア率の80%をアドバネクスが占めていた。
材料投入から金属加工、印刷、梱包まで完全自動の生産ラインを構築し、品質と低コストを両立させたことが成功の決め手である。
1993年10月
1994年8月
1996年7月
1998年1月
2000年
オーディオテープ、ビデオテープ、フロッピーディスクに続き、光ディスク用センターハブにおいても高い技術力を駆使し、圧倒的な国内シェア率を獲得した。
2001年1月
2001年7月
ばねだけでなく精密金属加工全般を扱うまでに、金属加工品を扱うまでに発展した「加藤スプリング製作所」は、2001年に前進を意味する「アドバンス(Advance)」と次を意味する「ネクスト(Next)」を組み合わせた「アドバネクス(Advanex)」という社名に変更。
2002年12月
2003年1月
2004年3月
1964年に東京証券取引所二部に上場して以来、継続して事業を拡大し市場でも信用を高め続けた結果、2004年に同一部への指定替えを果たす。
2005年
PHSや携帯電話などの移動通信機器が大流行。こうした時代を予測し、独自の技術によりいち早く小型軽量で高機能なヒンジを手がけた結果、世界シェア率の50%を占めた。
2006年6月
2008年10月
2009年5月
2010年
採血・点滴をする際に使用する医療器具に内蔵されている留置針用コイルばね。医療機器は製品の要求レベルが高いが、独自の技術力を生かしてサプライヤーの地位を獲得した。
2010年10月
2013年1月
2015年3月
2016年1月
自動車関連企業との取引増加に伴い、埼玉県本庄市に自動車部品専門工場として埼玉工場を新設。時代に即したスマートファクトリー構想を掲げ、働きやすい職場や自然環境に配慮した工場となっている。
2016年2月
2016年12月
2017年9月
2017年11月
2018年10月